もし私たちがまだキモノを着ていたら、世界のバリキャリは生まれていないかもしれない?!

もしもペリーさんが
「日本マジ遠いんですけど」って
浦賀に来航せず
日米修好通商条約も結ばれていなかったら
私たちは、今
まったく違う服を着ていたかもしれないし
世界の女性をとりまく環境は
今と全然違っていたかもしれないというお話です。

昨日横浜に行ったのは
横浜美術館で開催されている
「ファッションとアート麗しき東西交流」
を見るためでした。

日本は開国後、
人々の身なりも和装から洋装に変わり
ものすごい勢いで西洋文化を取り入れていった、
というイメージをみなさんお持ちだと思うのですが
西洋の人たちもまた
日本の和装文化にとても影響をうけてきたのですね。
今回の企画展は、貴重な展示をとおして
その様子がありありとわかる面白いものでした!

横浜が貿易港になってから
今全然勢いのない
高島屋や三越といった百貨店が
ガンガン日本のものを西洋に輸出したおかげで

日本の平面の布を巻きつける形の着物や帯、
金糸や銀糸を多用した美しい織物や刺繍、
絹織物や植物モチーフや文様などは
当時の西洋の人たちには
「おお〜なんて新鮮!!」
と受けとめられて、西洋でも
「ジャポニズム」ブームが起きます。

↑ ジュール・ジョセフ・ルフェーブル作(フランス)1882年
「シャポネーズ」
当時の社交界では「扇子芸」みたいなものが流行って
扇子を半分開いて唇に押し当て
男性をじっと見つめるのが
「Kiss me.」の合図だったらしいです。
今でいう、合コンでテーブルの下の
足タッチ的な?

左:アルフレード・ミュラー(イタリア)
「サダヤッコ」

中:チャールズ・ウェブスター・ホーソーン(アメリカ)
「キモノを着て座る女性」

右:アメリカの室内着

今年ZARAで売っている「KIMONOガウン」は
当時の西洋のマダムの
超トレンドアイテムになったものの
逆輸入品ですね!
(下の2つは、今年4月初旬のZARA販売商品です)

1900年代に活躍した
ポール・ポワレというデザイナーは
それまで女性のウエストを
コルセットでぎゅうぎゅう締め付けていたドレスから
女性を解放した人として
ファッション史上
すごく重要な人物なのですが

彼が
「日本にこんないいものあったんだけど、どう?」
と女性に提案したのが、
布を使ってゆるやかにウェストを絞る
日本の「帯」だったんです。

そのほか肩から腰に流れるドレープや
コクーンシルエット
(エンフォルドで売ってるようなウェストをしぼっていないデザイン)

などを発表したおかげで
女性は身動きが楽になり
社会進出するようになっていった、というわけです。

だから日本と世界の交流が
あの時点でなかったとしたら
私たちは今、
コルセットでウェストを締め付ける服を着ていたかもしれないし
シャネルが女性の社会進出のきっかけとなった
シャネルスーツを作ることもなかったかもしれない。

ちょっと面白い話だと思いませんか?

20世紀初頭の東西の交差点から生まれた
ドレスやアクセサリー、調度品などは
ため息が出るほど美しく、本当に見事です。

この展示は6月25日まで
横浜で開催されるそうです。
もし、ご興味ありましたら
ぜひお出かけください。

(文中写真は「図録」より引用しました。)

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